後世に残したい証し・真の父母様との出会い

1987年5月、イミグレ問題のため1ヶ月後に日本メンバーの帰国が決まると、アメリカに終世捧げる決意の私たちでしたが受け入れるしかありませんでした。
当時のアメリカは経済もモラルもどん底状態、ムーニーバッシングも至る所にあって、残り少ない時間にどう守り立てるのかと祈って前線を歩んでいました。
広いアメリカの中でのMFTでは、バンを降りると若いチカラまかせで走り回っていましたが実績面では下位で、さらに前年私に突然降ってきた霊的な大きな壁に全く非力で困難でした。

そんな事もあって、任地フロリダ州タンパでは独りになる満天の星輝く野原にて毎日「二人または三人で祈るところに主が共におられる」との数少ない覚えているマタイ聖句から「私にイエス様でもお父様でも霊的でもいいのでもうお一人ご一緒下されば原理的な基台になるので~と私の右手を掴んで下さい!」左手を重ねて祈りすがる思いと、「お父様、私は大丈夫」という決意で夜の街に向かって出発していました。

するとある夜、玄関先で断られて次の家に向かおうと振り返ると霊位の高い(まるでイエス様かと思うほどの)輝く男性(霊人)が立っていて、一緒に同行して下さいました。
「プロダクトを買ってくれる家も、そして買ってくれない家にも変わりなくGod bless you!幸運を祈ってくれてありがとう、私達は君たちを忘れない~」そんな波動でクリスチャンの方から深い思いを受けました。それから夜になるとその輝く男性が現れて一日の歩みを最後まで応援してくれました。

そのような中、日々出来る限りを尽くしながらも実績が上がらず申し訳ないと歩んでいると、その晩は輝く男性に続いて真のご父母様が幻にて私の左右に立たれ、無言にて一軒一軒同行して下さるのです。私の歩みに合わせて同じく右足左足を一歩一歩進まれ、そのお姿にて黙々とアメリカに愛を投入して下さる実体を私に直接見せて教えて下さいました。
これが帰国までの間、私と神様ご父母様との語らいの時間となり、遠く独りで歩む小さな祈りを聞いて下さいました。私は父母様の願いに応えたい感謝が込み上げ疲れを忘れていました。

アメリカと言えばワシントンタイムズを通して自由世界支援を続けた日本食口であり全米各地での歩みの精誠は、神様(天の父母様)と共にあった母国の記録としてつながっていることに同参出来たことを改めて感謝いたします。
また、帰国した私達と入れ替わるように、タンパに移住したのが当時若きポーラホワイトさん。新しい教会を立て大きく教勢を伸ばし、今では真のお母様の御旨に同参されていることは感慨深いものです。

若き日に得た出会いを胸にして歩んできました。これからも神の国と神の義を求めて天の父母様に栄光をお返ししていきます。
第1地区多摩東京支部 土蔵千里(とくら)

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